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3.102025
ドラマ「さよならのつづき」から日本の臓器移植の現状と大切な人と精一杯生きる重要性について考えてみよう【話題の映画・ドラマ・アニメから考えるブログ43】

ドラマ「さよならのつづき」から日本の臓器移植の現状と大切な人と精一杯生きる重要性について考えてみよう【話題の映画・ドラマ・アニメから考えるブログ40】
- ドラマ「さよならのつづき」のドラマ概要とあらすじについて
- 日本の臓器移植の現状をみてみよう
- 脳死は「人の死」でしょうか
- 大切な人と精一杯生きる重要性について考えてみよう
それぞれ一つずつみていきたいと思います。
ドラマ「さよならのつづき」のドラマ概要とあらすじについて
『さよならのつづき』は、2024年11月14日よりNetflixで全世界に独占配信されている連続ドラマです。岡田惠和によるオリジナル脚本で、有村架純と坂口健太郎のダブル主演です。NHK連続ドラマ「ひよっこ」、「そして生きる」、「姉ちゃんの恋人」など岡田惠和脚本作品では有村架純が主演をつとめることも多いです。生田斗真、中村ゆりが二人を取り巻く重要人物として描かれています。
『さよならのつづき』は、事故で最愛の恋人を亡くしたヒロインと、その恋人の心臓を提供された男性の物語です。
菅原さえ子(有村架純)は恋人の中町雄介(生田斗真)からプロポーズされた直後、雪崩の事故で恋人を亡くします。その亡き恋人の心臓が移植を待ち望む青年、成瀬和正(坂口健太郎)に移植され、成瀬の命は雄介の心臓により命がつながれます。移植後成瀬は、急にピアノを弾くことができるようになり、以前は飲めなかったコーヒーを好んで飲むようになります。心臓移植による記憶転移が起きていました。それは生前の雄介が好んでいた趣味や飲み物でした。通勤電車の中で偶然出会ったさえ子は成瀬の言動が雄介そっくりで、徐々に成瀬に惹かれていきます。成瀬もまた移植後、自分の知らない記憶を持つ事に戸惑いながらも、わけもなくさえ子にどんどん心を奪われていきます。成瀬には、妻ミキ(中村ゆり)がおり、病弱な成瀬を明るく献身的に支え続けていました。
成瀬の心臓が、雄介のものだとわかったさえ子は、成瀬に「私の愛した人の心臓の音を聞かせてください」と懇願し、さえ子と成瀬は逢瀬を重ねていきます。成瀬も自分がさえ子を好きなのか、それとも雄介の心臓がさえ子を求めるのか、さえ子も同様に雄介が好きなのか成瀬が好きなのかわからなくなり、二人の切羽詰まった緊張関係に耐えられなくなり、さえ子は心機一転ハワイの農場に行くことを決めます。その後成瀬の心臓は徐々に機能を弱めていき、それでもさえ子に会うためにハワイに行き、雄介の想い「スマイルだよ」と想いを伝え終えると同時に、急にピアノを弾くことができなくなり、ミキの待つ北海道に帰り、しばらく静かな余生を過ごします。
有村架純さん、坂口健太郎さん、生田斗真さん、中村ゆりさんの演技が素晴らしく、強気で人生を切り開く主人公さえ子を有村架純さんが好演しています。四人の織り成す極限の愛の演技が素晴らしく、人を愛すること、人を傷つけること、裏切ること、許すことのすべてが凝縮されたようなドラマです。数々の小樽とハワイ(ニュージーランド)の絶景が美しく、理屈ではなく五感に訴えかけるドラマです。コーヒーが大事な役割を担うのですが、コーヒーの香りまでが届きそうなドラマでした。感想は人それぞれだと思いますが、脚本家の岡田惠和は「楽な方には逃げなかった。敢えて迷った時は大変な方を選んだ」という覚悟の作品です。またこの臓器移植の記憶転移については、本作品のプロデューサーである岡野真紀子さんが、ご自身の家族の件で臓器移植について調べていて「強烈に他者を愛した記憶は臓器に残るのかもしれない」と主治医の先生から言われた言葉がきっかけだそうです。
まさに強烈な愛のドラマと言えるでしょう。
(出所、参考)Wikipedia、Netflix、LIFE INSIDER
日本の臓器移植の現状をみてみよう
公益社団法人日本臓器移植ネットワークのHPの記事によれば、国内の死後(脳死下及び心臓の停止後)の臓器提供件数は年間およそ100件前後で推移しています。臓器移植件数は、2009年までは年間200件前後で推移していましたが、2010年の改正臓器移植法施行により脳死での臓器提供件数が増えたことに起因して増加しています。2010年から2018年までは年間400件未満、2019年から2023年にかけてさらに増加しています。具体的には、心停止後に提供できる臓器は、膵臓、腎臓、眼球に限られているのに対し、脳死下では、これらの臓器に加え、心臓、肺、肝臓、小腸が提供できます。
実際の臓器移植希望者は年々増加しており、臓器提供件数より圧倒的に多く、日本では移植を受けた人より、移植の機会を待ちながら亡くなられた方のほうが多いそうです。
また、世界と比較しても日本の臓器提供件数、臓器移植件数は低水準となっています。
脳死は「人の死」でしょうか
日本で臓器提供、移植が低水準な理由は今までもさまざまな理由が提唱されてきています。
また理由は一つではなく複合的な問題であり、臓器移植を前向きに捉えることが正解という事でもないようです。非常に慎重に捉え議論を深め、死を自分で決定していく必要があるものと理解しています。
ただ世界と日本を比較して進まない理由が、日本の古くからあるアニミズム、仏教、儒教などが混在した宗教観と、キリスト教的な考え方があるのではないかとも言われています。(世界には多数の宗教があり、宗派により考え方も異なるため一概に二元論で比較することができませんが)今回はこの点には触れず、NHK放送文化研究所が2014年に実施した「生命倫理に関する意識」調査から、脳死を「人の死」と捉える人がどの程度の割合でいるのかみていきたいと思います。「脳死」という概念は、脳が機能を停止しても心臓を動かすことのできるまでに医療技術が発達した1960年代に登場しました。それまでは心臓が止まることで、人の死を判断していました。(「生命倫理に関する意識」調査から一部抜粋)
その結果、「脳死」を人の死と考える人は2002年の35%から46%に増加し、脳死での臓器提供に肯定的な人も増えたことがわかりました。死の定義が心臓死から脳死に変化しつつあるのかもしれません。人々の認識の変化については、今後も注意深くみていく必要があるでしょう。
臓器移植が人の死かどうかに関しては、ライフデザイン研究所の、小谷みどりさんの2009年発表の「死の自己決定について」という論文も参考にさせていただきました。
大切な人と精一杯生きる重要性について考えてみよう
本作品ではさえ子と雄介の出会いから突然の別れまでの楽しく情熱的な思い出の映像がちりばめられています。なぜ、さえ子が妻帯者である成瀬にあれほど惹かれてしまうのか、観ている私たちも雄介のファンになってしまいます。しかしある日突然雄介の居る日常が奪われてしまいます。愛する人を失ったさえ子の深い悲しみが胸をえぐります。また成瀬も雄介の心臓が次第に弱まり、最後には止まってしまいます。さえ子は大切な人を二度失い、妻のミキもまた夫を失います。
一人の男性を巡り三角関係となっていたさえ子とミキですが、物語の最後に二人は会い、新しい関係性を築きます。ドラマの終わり方のさわやかさも秀逸です。複雑な心情を抱える二人がなぜ新しい関係性を築けたのか、それはそれぞれが、成瀬、雄介という大切な人を精一杯愛しきったからではないでしょうか。悔いがないほど二人が成瀬と向き合い、自分と向き合い覚悟を持って生きたからではないでしょうか。後悔のない別れなどないかと思いますが、それでも自分の大切な人に、精一杯向き合うことの重要性を感じました。
自分の大切な人と一緒に過ごせる時間は思ったより短いのかもしれません。今、この時にすべてをかけて生きていきたいと思いました
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