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【連載シリーズ:住まいと記憶のはざまで】第1回 引っ越しの記憶——土地に根を下ろすということ

第1回:「引っ越しの記憶——土地に根を下ろすということ」

 

あなたにとって引っ越しとはなんでしょうか

 

引っ越しという営みは、暮らしの中にあるものをすべて一度“ほどいて”から、また“編み直す”作業でもあります。
家具や衣類、書類や思い出の品々——それらを段ボールに詰めていくうちに、過去の時間が静かに立ち上がってくるような感覚に包まれます。
荷物を運び出したあとの、がらんとした部屋に立つとき、そこには言葉にしがたい余白が生まれます。
「ここで過ごした日々は、もう過去になるのだ」と思うと同時に、「これから始まる暮らしは、まだ見ぬ未来なのだ」と感じる瞬間です。

新しい空白の部屋に足を踏み入れるとき、そこには独特の緊張感があります。
「さて、これから新しい生活が始まる」と、身が引き締まる思いがします。
その瞬間は、期待と不安が入り混じった、静かな決意のようなものが心に宿る時間でもあります。
時には、新しい生活のプレッシャーに押しつぶされそうになることもあるでしょう。
けれども、これまでの10回の引っ越しの旅の中で、そうした感情もまた自然なものとして受け入れてきました。
暮らしを変えるということは、環境だけでなく、自分自身の在り方にも問いを投げかける営みなのだと、少しずつ実感するようになったのです。

 

 

あなたにとって宿命の土地とはどこですか

 

また、生まれた土地がその人にとって最上の場所かどうかは、必ずしも明確ではないように思います。
故郷と呼ばれる場所が、必ずしも居心地の良い場所であるとは限らず、縁の深さも人それぞれです。
むしろ、自分に合う土地や家を見つけるためには、実際に住んでみるという“暮らしの実験”が必要なのではないか——そんな思いを抱いてきました。
どこに住むのか、どんな街に身を置くのか、どんな家に暮らすのか。
それらの選択は、人生の旅路の中で何度も繰り返される問いであり、引っ越しとはまさにその旅の節目を刻む営みなのだと思います。

 

 

年齢と引っ越し

 

若い頃は、引っ越しのたびに新しい土地への期待が勝り、移動することそのものが楽しみでした。
しかし年齢を重ねるにつれ、荷造りや手続き、体力的な負担が大きくなり、「あと何回引っ越しができるだろうか」と考えるようになります。
それは、人生の残り時間を意識することでもあり、住まいに対する感覚が変化していく過程でもあります。
そして、ある時ふと「根を下ろす」という言葉が心に浮かびます。
それは、移動を繰り返してきたからこそ見えてきた感覚であり、これまでの暮らしの積み重ねが、ようやく一つの場所に静かに定着しようとする兆しでもあります。

この連載では、そうした“住まいの記憶”を手がかりに、制度や社会の変化の中で揺れる感情にそっと光を当てていきたいと思います。
読者の皆さまが、ご自身の暮らしや記憶と重ねながら、静かに読み進めていただけるような文章を目指してまいります。

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