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5.302026
「わからない」を抱えて生きる――AIと心と身体のあいだで

わからない時代を生きる:AIと心と身体のあいだで
1. 心の揺らぎに触れたとき
最近、東畑開人さんの『心はどこに行った』を読みました。コロナ禍の週刊誌に連載されていたエッセイをまとめた一冊で、患者さんの心の動きに寄り添う中で、著者自身の心が揺れた瞬間が静かに綴られています。
特に印象に残ったのは、著者が語る「野球部での補欠経験」が、良い臨床心理士になるための土台になったという話でした。主役になれず、ベンチを温め続ける苦しさ。その痛みが、人の心に寄り添う力を育てるという指摘に、深く頷きました。
そしてもう一つ、廊下での雑談こそがコミュニケーションの真髄だという言葉です。効率化やデジタル化が進む社会の中で、私たちはいつの間にか「余白」を失い、心が弱くなっているのではないか。そんな問いが胸に残りました。
2. 身体の“わからなさ”に直面する
ちょうどその頃、私は自分の身体のことで大きな不安に直面していました。昨年、心房細動の治療としてカテーテルアブレーション手術を受けたにもかかわらず、不整脈が続いていました。人間ドックでは再び心房細動が検出されたとされ、もう一度手術が必要になるのではないかという不安が一気に押し寄せました。
自分の心臓は本当に良くなるのか、またあの治療を受けることになるのか。身体の奥で何が起きているのかがわからないことが、とても怖く、気持ちが沈みました。
「わからない」という状態は、ただの情報不足ではありません。自分の身体で起きていることなのに、自分では確かめようがない。その無力感が、恐怖を大きくします。
3. AIが加速する社会の“わからなさ”
社会の変化もまた、私たちの心を揺らします。今月、日経平均株価が6万4000円を超え、史上最高値を更新しました。背景にはAIや半導体関連株の急騰があります。生成AIを日常的に使う人は増えましたが、AIの仕組みや限界を正しく理解している人は、実際にはごくわずかだと思います。
それでも社会は、AIという巨大な潮流に押し出されるように前へ進んでいきます。誰も行き先を完全にはわかっていないのに、時代だけが加速していく。“わからないものが生活の中心に入り込んでくる”という状況は、私たちの心に静かな不安をもたらします。
AIは指数関数的に成長し、昨日の常識が今日には古くなるようなスピードで変化しています。その一方で、人間の心はそんなに早く変わりません。むしろ、急激な変化に追いつけず、置いていかれるような感覚を抱くことの方が多いのではないでしょうか。
社会の“わからなさ”と、身体の“わからなさ”。どちらも自分では完全にコントロールできない領域で起きていることです。だからこそ、不安は重なり合い、心の奥で静かに膨らんでいきます。
4. 人間にしかできないこと:小さな変化に気づく力
そんな中で、東畑さんの本は、人間にしかできないことを改めて思い出させてくれました。それは、誰かの小さな変化に気づき、心に寄り添うことです。
AIは膨大な情報を処理できますが、人の心の揺れを感じ取ることはできません。沈黙の意味を考えたり、声の震えに気づいたり、表情の奥にある思いを想像したり。そうした“微細なサイン”を受け取る力は、人間だけが持つものです。
行政書士として相談を受けるとき、私は書類の内容だけでなく、相談者の表情や声の調子に注意を払っています。「この人は何に困っているのか」「どこに不安を抱えているのか」。言葉にならない部分にこそ、その人の本当の思いが隠れていることがあります。
人口減少が進み、地域のつながりが弱くなる中で、こうした“気づく力”はますます大切になっていくと思います。効率やスピードだけでは支えられない領域が、確かに存在します。そしてその領域こそ、人間が人間として生きるための土台なのだと思います。
5. 「わからない」を抱えて生きるということ
わからない時代を生きるために必要なのは、すべてを理解することでも、すべてを予測することでもありません。むしろ、わからないままでも、誰かとつながり、小さな変化に気づき合いながら生きていくことなのだと思います。
そして、ここで思い出すのが、NHKドラマ10『テミスの不確かな法廷』で松山ケンイチさん演じる裁判官・安堂清春の言葉です。
「わからないことをわかっていないと、わからないことはわからない」
このセリフは、私の胸に深く残りました。
自分の身体で起きていることも、AIがどこへ向かうのかも、私たちは“わからないことをわかっていない”まま進んでしまうことがあります。
だからこそ、情報の精査には時間をかけ、自分の内面を振り返る余白を持つことが必要なのだと思います。
わからない時代を生きるために、私たちができることは多くありません。
けれど、わからないことをわからないままにせず、立ち止まり、考え、誰かの小さな変化に気づきながら進んでいくこと。
その積み重ねが、これからの社会を支える力になるのではないかと思います。
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