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2.282026
ドラマ『ザ・ロイヤルファミリー』感想|丙午に考える競走馬の血統と、世代を超える「夢の継承」

はじめに
私はこれまで、行政書士としての視点からも、『万引き家族』や『そして父になる』を通して、「血縁よりも共に過ごした時間や、自ら選び取る関係性」の尊さを大切に考えてきました。
しかし、競走馬の世界が突きつけるのは、**「血統こそが絶対的な正義」**という、動かしがたい冷徹な真実です。
実務の世界では、法的な「血縁」を尊重しつつも、遺言などを通じて本人の「意思」や「想い」を形にすることを支援しています。ですが、この競馬の世界には、心理的安全性や個人の相性といった抽象的な概念が入り込む余地は一切ありません。
その徹底した血統主義に触れたとき、私たちが「血より時間」と信じられるのは、言葉を持ち、自らの意思で未来を選び取れる「人間だけに許された特権」なのかもしれないと、身が引き締まるような思いがしました。
今年は六十年に一度の丙午の年です。
火の気が強く、宿命や継承といったテーマが語られる特別な年だと言われています。
そのような年に、塚原あゆ子監督のドラマ『ザ・ロイヤルファミリー』を観たことは、偶然というよりも、どこか必然のように感じられました。
■ 競走馬の血統の歴史──三頭のオリジンから続く三百年の物語
今回、競走馬の世界を知る中で最も驚いたのは、現代のサラブレッドの父系を遡ると、必ず三頭の種牡馬に行き着くという事実でした。
- ダーレーアラビアン(Darley Arabian)
- ゴドルフィンアラビアン(Godolphin Arabian)
- バイアリーターク(Byerley Turk)
これら三頭は、18世紀にイギリスへ持ち込まれ、後にサラブレッドの始祖として位置づけられています。
この情報は、英国の公式血統書である**『ジェネラル・スタッドブック(General Stud Book)』**に基づくものです。
100頭以上いた基礎種牡馬のうち、父系を現代まで残したのはこの三頭のみであり、現在ではサラブレッドの九割以上がダーレーアラビアン系だとされています。(出所、参考)Wikipedia JRAHP
競走馬の世界は、
「三百年前の三頭の血を、いかに未来へつなぐか」
という極めて強い血統主義の上に成り立っています。
さらにサラブレッドは人工授精が禁止され、自然交配のみが認められています。
血統書に登録された馬しかサラブレッドを名乗ることができず、外部の血は一切入らない仕組みです。
遺伝的特徴は世代を超えて突然現れることもあり、血筋が競走能力に直結する世界です。
この“血統の絶対性”を知ったとき、私は正直なところ、少し胸がざわつくような感覚を覚えました。
■ 私が大切にしてきた価値観との衝突
私はこれまで行政書士という仕事を通じ、またブログでも『万引き家族』や『そして父になる』を取り上げる中で、血縁よりも「共に過ごした時間」や「自ら選び取る関係性」の尊さを大切に考えてきました。
しかし、競走馬の世界が突きつけるのは、**「血統こそが絶対的な正義」**という、動かしがたい冷徹な真実です。 勝ち負けがすべてであり、遺伝が能力を決める。そこに「心理的安全性」や「相性」といった抽象的な概念が入り込む余地はありません。
実務の世界では、法的な「血縁」を尊重しつつも、遺言などを通じて本人の「意思」や「想い」を形にすることを支援しています。ですが、この徹底した血統主義に触れたとき、私たちが「血より時間」と信じられるのは、言葉を持ち、自らの意思で未来を選び取れる**「人間だけに許された特権」**なのかもしれないと、身が引き締まるような思いがしました。
■ それでも『ザ・ロイヤルファミリー』は血統だけの物語ではありませんでした
ドラマの中には、血統主義とは別の光も確かに描かれていました。
● 古い価値観に縛られたくないと語る新しい世代
血統の世界に身を置きながらも、
「自分のスタイルを貫きたい」と語る馬主が登場します。
継承とは、ただ受け取るだけではなく、
“どう受け継ぐか”を選ぶ主体性でもあるのだと感じました。
● 父を知らずに育った主人公が競馬の才能を持つ
血統とは別に、
環境や経験が育てる能力
も確かに存在します。
血がすべてではない。
人が選び、人が育て、人がつないでいくものもあるのだと、改めて思わされました。
● 二十年近く、チームが一丸となって夢を追う
馬主、調教師、厩務員、騎手──
一頭の馬を中心に、ひとつのチームが長い年月をかけて夢を追い続ける姿が描かれていました。
そこには血統ではなく、
人と人の絆
が確かに存在していました。
私はその姿に、
「絆こそが人生そのものだ」
と感じました。
■ 「チ。」との共鳴──継承とは“個人を超える流れ”
アニメ『チ。』が描いた地動説の物語のように、個人の命には限りがあっても、その思想や夢は世代を超えた大きな流れとなります。 『ザ・ロイヤルファミリー』にも同じ構造があります。
どれだけ努力しても報われない世代がある
それでも次の世代がその努力を受け取り、また次へつなぐ
夢は“一代では終わらない”
行政書士として日々接する「相続」や「事業承継」も、単なる資産の移転ではありません。それは、先代がどれほど努力しても成し遂げられなかった夢を、次世代が受け取り、また一歩先へ進めていくという、**「個人を超える大河の流れ」**そのものです。成し遂げたいことは何世代もかかる。その雄大な感覚を、このドラマから強く受け取りました。
■ 丙午の年に感じた“継承”というテーマ
午は馬を象徴します。
そして丙午は、火の気を帯びた特別な午です。
そのような年に、競走馬の血統と継承を描いた物語に出会ったことは、私にとってひとつの巡り合わせのように思えました。
血がつなぐもの。
時間が育てるもの。
人が選び、人がつなぐもの。
そして、夢が世代を超えて流れていくこと。
そのすべてが、今年という特別な年に静かに重なり合っていたように感じています。
■ 最後に
人間も生き物である以上、生物学的な血のつながりは無視できない重みを持っています。 しかし、競走馬という血統がすべてを支配する世界を観たからこそ、私は改めて確信しました。血縁という宿命の土台の上に、どのような「想い」を積み上げ、誰と「絆」を築くか。その**「選択の自由」**にこそ、人間の尊厳があるのだと。
丙午という巡り合わせの年に、このドラマに出会えた幸運を噛み締めながら、これからも誰かの大切な夢や想いが、途切れることなく次世代へと流れていくお手伝いをしていきたい。そう強く願っています。
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