ブログ

ウイキッド前編──孤立を生む社会の物語と、誰かの手を掴むということ

ウイキッド前編──孤立を生む社会の物語と、誰かの手を掴むということ

映画「ウイキッド」前編を観て、私は自分がどれほど“魔女の物語”を表面的に理解していたのかを思い知らされました。
西の悪い魔女と東の良い魔女の前日譚──そんな軽い気持ちで映画をみたところ、目の前に広がったのは、特権と孤立、誤解とレッテル、そして心が触れ合う瞬間の尊さを描いた、あまりにも現実的な物語でした。

アリアナ・グランデほどピンクが似合う女性はいません。彼女が演じるグリンダは、誰からも愛される“ポピュラー側”の象徴です。一方でエルファバは、緑の肌ゆえに疎まれ、恐れられ、誰よりも聡明で優しいのに、社会の物語に合わないというだけで孤立していきます。

この二人の対比を見ているうちに、私は映画の世界と、行政書士として日々向き合っている現実が重なって見えてきました。
孤立は性格ではなく、構造が生むもの。
そして、人は時に、自分の意思とは無関係に“悪い魔女”にされてしまう。

ウイキッドは、そんな現代社会の鏡のような作品でした。


孤立は性格ではなく、構造が生む

エルファバは「問題のある人」ではありません。
むしろ誰よりも優しく、誰よりも正しく、誰よりも聡明です。

それでも彼女は孤立していきます。

  • 見た目の違い
  • 家族の事情
  • 周囲の偏見
  • 特権階級の都合
  • 社会の物語に合わない存在

これらが積み重なり、本人の意思とは無関係に“悪い魔女”の物語へ押し流されていく。
私は行政書士として、こうした構造を何度も目にしてきました。

ひとり親、障害のある方、外国ルーツの方、家族関係が複雑な方。
本人の努力とは関係なく「問題のある人」と扱われ、制度の隙間に落ち、孤立していく。

孤立は個人の問題ではなく、社会の構造が生むもの。
ウイキッドはそのことを鮮烈に描いています。


善意の難しさ──グリンダの揺らぎ

わたしが感じた「特権階級の驕り」「施しによる自己肯定感の高揚」。
これは支援の世界でもよく起きることです。

助ける側が優位に立ち、
支援が“相手のため”ではなく“自分の満足”になってしまう。
本人の尊厳が置き去りになる。

グリンダは最初、まさにその構造の中にいます。
しかしエルファバと心を通わせる中で、
“利用する善意”から“尊厳を尊重する関わり”へと変化していく。

地域共生社会が目指すのも、まさにこの「対等な関係性」です。


涙が出たダンスシーン──対等な関係が生まれる瞬間

私が最も心を揺さぶられたのは、あのダンスシーンでした。

グリンダが悪ふざけで渡した帽子を、エルファバは本気のプレゼントだと受け取ってしまう。
誰からも優しくされたことがなかったからこそ、悪意を悪意として受け取れない。
その帽子を身につけてダンスホールに現れ、嘲笑の的になってしまう。

それでも、エルファバは堂々と自分のダンスをみんなの前で演じます。

その瞬間、グリンダは自ら同じダンスを踊り、彼女を守るように輪の中へ導く。

あの瞬間、二人は初めて対等になったのだと思います。
そして私は信じたいのです。
たとえエルファバが“悪い魔女”になったとしても、
あのダンスの記憶は二人の心の一番奥の柔らかい場所に残り続ける
と。


では、エルファバは悪い魔女にならずに済んだのか

これは私自身にも突き刺さる問いでした。

結論から言えば、
エルファバを悪い魔女にしたのは、彼女自身ではなく“社会の物語”です。

そもそも悪い魔女とはなんなのか。誰がきめるのか

  • 権力者が作る物語
  • 群衆心理
  • 情報操作
  • 「異質」を排除する文化
  • 正しさより“都合の良さ”を優先する社会

この構造が変わらない限り、
どれほど優しく聡明でも、エルファバは“悪い魔女”にされてしまう。

これは現実の孤立と同じです。
個人の努力だけでは流れを変えられない。


では、人は何ができるのか──孤立を防ぐということ

私は行政書士として、制度を扱うだけの存在ではいたくありません。
孤立を防ぐ人でありたいと強く思います。

人は「激流を止めること」はできなくても、
流されている人の手を掴むことはできます。

  • 誤解をほどく
  • 制度の壁を取り除く
  • 本人の声を社会につなぐ
  • 選択肢を提示する
  • 対等な関係をつくる
  • 孤立の入口で踏みとどまらせる

これは行政書士という専門職だからこそできる役割でもあります。


結び──ウイキッドは現代社会の鏡

ウイキッドはファンタジーではありません。
これは、誰かを“悪い魔女”にしてしまう社会の物語です。

そして同時に、
誰かのエルファバに寄り添える存在になれる希望の物語でもあります。

あのダンスシーンのように、
たった一度の優しさが、
誰かの人生の奥深くに灯り続け、生涯にわたって守ることがある。

私はその灯りを絶やさない人でありたい。
そして、孤立へ向かう流れの中で、
そっと誰かの手を掴める存在でありたいと思います。

映画の後編が上映中です。ぜひ後編も楽しみにしています。

Views: 0

関連記事

ページ上部へ戻る