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6.202026
『真珠とダイヤモンド』を読んで──水矢子の最期が映し出す、時代の熱と制度の隙間

はじめに
桐野夏生さんの『真珠とダイヤモンド』を読み終えたあと、胸の奥に重たい石が沈んだような感覚が残りました。バブルの熱狂とその後の30年を描いたこの物語は、あまりにも衝撃的で、私たちの社会が抱える「構造的な脆さ」をこれでもかと突きつけてきます。
■ 『真珠とダイヤモンド』作品概要
物語の舞台は1986年。福岡の進学校を卒業し、証券会社支店同期である望月、佳那、水矢子の3人が、バブルの幕開けとともに東京へ乗り込み、それぞれの野心と欲望に翻弄されていく姿を描きます。成り上がるために手段を選ばない男たちと、翻弄されながらも自立を模索する女。物語はバブル崩壊を経て、コロナ禍の現代まで続く30数年に及びます。
■ そもそも「バブル経済」とは何だったのか (参考 Wikipedia)
1980年代後半から90年代初頭にかけての日本は、実体経済を無視して地価や株価が異常に高騰しました。
狂乱の投資: 「土地神話」を信じ、誰もが投資に明け暮れた時代。
未成熟な制度: 法規制やコンプライアンスが緩く、若者が「腕一本」で大金を動かせる危うい時代でもありました。
宴の終焉: 1990年の総量規制(参考 Wikipedia)を機に泡は弾け、日本は「失われた30年」へと突入します。
水矢子の最期が問いかけるもの
私が最も心をえぐられたのは、ヒロインの一人・水矢子の30年後の姿です。
進学校出身で能力も高く、バブルの荒波を生き延びた彼女。しかし、コロナ禍で仕事を失い、最後は井の頭公園のベンチで凍死してしまいます。
彼女を死に追いやったのは、経済的な困窮だけではありません。彼女が自らに課した「孤独の鎧」だったのではないかと感じます。かつて占いで「あなたは風の人」と言われたことを鵜呑みにし、自分はひとりで生きていく存在だと思い込んでしまった。その思い込みの強さと、能力が高いゆえの「自分で何とかできる」というプライドが、彼女を誰にも頼れない場所へと追い詰めていきました。
彼女は「ダイヤモンドの原石」と呼ばれながらも、その硬さゆえに社会に適合できず、宝の持ち腐れとなってしまった。これは個人の資質の問題であると同時に、彼女のような「硬い個性」を守ることも、磨くこともできなかった社会構造の悲劇でもあります。
氷河期世代の私が感じた「連帯」
私は就職氷河期世代です。バブルが弾けた後の「土砂降り」の中で社会に出た私たちは、非正規雇用や自己責任論の波に晒されてきました。正直に言えば、これまで「バブル世代は逃げ切り世代だ」という冷ややかな視線を持っていた部分があります。
しかし、この小説を読んでその考えが揺らぎました。バブル期は「未成熟な制度」が若者を飲み込み、氷河期は「無関心」が若者を切り捨てた。どちらも、個人の努力では抗えない**「時代の欠陥」**の犠牲者であるという点では、実は同じ場所に立っているのではないか。そう気づかされたのです。
(就職氷河期世代を描いた映画は下記となります)
映画「658km、陽子の旅」から、就職氷河期世代の過酷な現実と中高年のひきこもりの様子について考えてみよう【話題の映画・ドラマ・アニメから考えてみようブログ29】
行政書士として──「孤独の鎧」をどう解くか
水矢子の最期を思い、実務家として自問自答を繰り返しています。もし彼女が私の事務所を訪れていたら、私はどう接しただろうか。
彼女のようなプライドの高い相談者に対し、「制度を利用しましょう」という正論だけでは届きません。必要だったのは、ゲイバーの美穂のような「多様な生き方を受け入れるコミュニティ」の存在を知ること、そして「受援力(助けを求める力)」は決して恥ではないと伝えることだったのかもしれません。
家族がいなくても利用できる「任意後見制度」や「死後事務委任契約」
孤立を防ぐための地域ネットワークや居住支援
行政書士として日々相談を受ける中で、「制度の隙間に落ちる人」は今も確実に存在します。もし彼女に、法的支援だけでなく、いくつもの「窓口」があることを伝えられていたら。あの公園のベンチで、風に消えていくことはなかったのではないか。そう思わずにはいられません。
結びに
『真珠とダイヤモンド』は、時代の熱狂の裏側で取りこぼされていった人々の姿を鮮烈に描いています。水矢子の死は、「個人の努力ではどうにもならない現実」と「孤独という呪い」の恐ろしさを私たちに突きつけています。
だからこそ、今を生きる私たちは、制度の狭間で苦しむ人を見捨てない、より血の通った仕組みを追求しなければなりません。行政書士として、そして同じ時代を生きる人間として。私はこれからも、「見えない困難」を抱える人の隣に立ち、その人が孤独の鎧を少しずつ脱げるような、人生の再設計を支える存在でありたいと強く願っています。
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