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10.202026
【海よりもまだ深く】ダメ親父・良多に教わる「ままならない親子関係」と2026年4月開始の「法定養育費制度」行政書士が徹底解説

【海よりもまだ深く】ダメ親父・良多に教わる「ままならない親子関係」と2026年4月開始の「法定養育費制度」行政書士が徹底解説
はじめに ── なりたかった大人になれなかった私たちへ
是枝裕和監督の映画『海よりもまだ深く』は、家族の“ほころび”を静かに、そして温かく照らし出す名作です。
実はこの作品、同じく是枝監督が手がけ、阿部寛さんと樹木希林さんが親子を演じた『歩いても 歩いても』の姉妹編とも呼ばれています。私自身、両作とも本当に大好きな作品です。(以前本ブログで「歩いても歩いても」ブログを書かせていただきました)
私は日々、行政書士として「家族の制度」と「家族の感情」の狭間に立ち会っていますが、この映画はまさにその境界線を丁寧に、痛いくらいリアルに描いています。
人生の折り返し地点を過ぎて、ふと周りを見渡したとき、「自分の人生、なんだかままならないな、みっともないな」と気落ちしてしまう瞬間は、きっと誰にでもあるのではないでしょうか。
今回は、そんな「ままならなさ」を抱える大人たちに贈る、この映画の魅力と、生活を支える新しい法制度について、行政書士の視点からお話ししたいと思います。
『海よりもまだ深く』あらすじ ── 台風の夜、団地に集まった「元・家族」
主人公の篠田良多(阿部寛)は、15年前に一度だけ文学賞を受賞したものの、その後は鳴かず飛ばずの売れない作家。現在は「小説の執筆に役立つ取材のため」と言い訳をしながら、探偵事務所で働き、日銭を競馬や競輪につぎ込む冴えない日々を送っています。
別れた妻・響子(真木よう子)には新しい恋人の影がちらつき、一人息子の真悟の養育費すら満足に払えない良多。団地で一人暮らしをする母・淑子(樹木希林)の家を訪ねては、亡き父の遺品の中に金目のものがないかとタンスを漁る始末です。
そんな「なりたかった大人」とは程遠い生活を送る良多ですが、ある日、たまたま母の団地に集まった元妻と息子とともに、大型台風の接近によって帰宅できなくなり、淑子の狭い団地で一夜を共にすることになります。激しい嵐の夜、彼らの心の中に眠っていた、それぞれの「家族への思い」が静かにあふれ出します。
中年と老年 ── ますますままならない「親子」という関係
映画の中で、淑子は突然やってきた息子に、嬉しそうに「泊まっていきなさいよ」と言います。
しかし現実には、大人同士の「泊まっていく」は、なかなか簡単なことではありません。
* 布団を干して用意する
* 寝間着を準備する
* 歯ブラシやタオルを揃える
* 翌朝のメニューを考える
そこには喜びと同時に、生活者としての確かな「負担」が存在します。それでも母は、息子と孫が同じ屋根の下にいてくれることが、ただただ嬉しい。
日々の相談業務の中で、家族ゆえの「甘えと負担」のバランスに悩む方を多く見てきた私にとって、この“負担と喜びの同居”こそが、家族のひとつの真実なのだと感じます。
そして、良多と淑子の関係を見ているとつくづく思うのです。
子どもが「中年」になり、親が「老年」になっても、親子関係はますますままならないものなのだ、と。お互いに大人だからこそ、素直になれず、心配が小言になり、期待が落胆に変わり、けれど心の奥底では繋がっている。その「みっともなさ」も含めて、親子というものはどこまでもままならない存在なのかもしれません。
2026年4月スタート「法定養育費制度」と良多の現実
作中、良多は養育費を払えず、元妻に頭が上がらない典型的な“ダメ父”として描かれます。「払いたい気持ちはあるけれど、目の前の生活費(とギャンブル)で手一杯」という良多の姿は、映画の中だけの話ではありません。現実の相談現場でも、同じような葛藤や不払いの事例が数多く存在します。
しかし、こうした問題を個人の“ダメさ”だけに帰結させず、社会全体で支えるための新しい仕組みが動き始めました。それが、**2026年4月1日から施行された「法定養育費制度(改正民法)」**です。
これは、離婚時に具体的な養育費の取り決めをしていなくても、離婚届を出した時点から、法律上当然に**「子ども1人あたり月額2万円(法改正時点の基準)」**を相手に請求できる権利(法定養育費)が発生する画期的な制度です。
さらにこの改正では、
* 公正証書や裁判所の調停調書がなくても、当事者間の合意書などを根拠に速やかに相手の財産(給与など)を差し押さえられる強力な権利(**先取特権**)の付与
* 相手の勤務先や預貯金口座の情報をより簡単に取得できる**情報開示手続きの強化**
が同時に導入されました。良多のように「元妻と交渉するのがつらい、気まずい」と話し合いを避けているケースでも、この制度が最低限のセーフティネットとして機能し、交渉の負担を軽減してくれます。
ただし、この月額2万円という金額はあくまで「暫定的な最低保障」です。実際のお子様の教育費や生活実情に合わせるには、本来はもっと適正な額(算定表に基づく額)での合意が必要です。
行政書士としては、
* 新制度を利用した具体的な手続きのアドバイス
* 将来を見据え、お子様の実情に応じた「離婚協議書」の作成サポート
など、単に手続きを代行するだけでなく、「制度」と「依頼者の新しい生活」を温かく橋渡しする役割を担いたいと考えています。
人生はロングショットで ── 制度と感情のあいだで
是枝作品が描く“家族のほころび”は、制度の隙間に落ちてしまう人々の姿でもあります。だからこそ制度を整えることは大切ですが、一方で「法律や制度」というものは、社会を大きく見渡す**ロングショット(一律の枠組み)**に過ぎません。
しかし、そこを生きる私たち個人の人生は、常に**クローズアップ(日々の感情やままならなさ)**の中にあります。
映画監督アルフレッド・ヒッチコックは、かつてこう言いました。
> **「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」**
良多の人生を、至近距離(クローズアップ)で見れば、まさに悲劇です。小説は書けず、仕事も中途半端で、家族を失い、お金もない。自分の人生をみっともないと嘆き、気落ちする姿には胸が痛みます。
けれど、少しカメラを引いて、彼の人生をロングショットで眺めてみるとどうでしょう。
お節介でユーモラスな母親の愛情、台風の夜に息子と滑り台の中で食べたお菓子、雨上がりのまぶしい朝──そこには、思わずクスッと笑ってしまうような、人間臭くて、愛おしい「喜劇としての人生」が確かに流れています。
ままならないみっともない人生だからこそ、ロングショットで見れば、愛すべき喜劇になり得る。この視点を持つだけで、張り詰めた心が少しだけ軽くなるような気がします。
結び ── 少しだけ前に進む、その一歩を支えたい
日々、法律の実務に携わる中で痛感するのは、
**「制度は人を救うが、制度だけでは人は救えない」**
ということです。
だからこそ、私たち行政書士は、機械的に制度を説明するだけではなく、目の前の相談者様の「クローズアップされた感情の揺れ」や、弱さ、ままならなさにも、そっと寄り添う存在でありたいと思っています。
映画の最後、奇跡的なハッピーエンドは起きません。良多の生活が明日から劇的に変わるわけでもありません。
それでも、嵐は去り、朝は来ます。
風が吹き、人々は少しだけ背筋を伸ばして、また日常を歩き始める。
その「少しだけ前に進む一歩」を、法的な制度でそっと支えること。そして、その一歩を選び取る人間の強さを信じること。
私自身もままならない日々を送りながら、街の法律家として、あなたの「少しの歩み」に並走していきたいと思っています。
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