ブログ

【話題の映画】映画「ある男」から戸籍の社会的機能と、名前とアイデンティティについて考えてみよう【話題の映画・ドラマ・アニメから考えるブログ⑬】

【話題の映画】映画「ある男」から戸籍の社会的機能と、名前とアイデンティティについて考えてみよう【話題の映画・ドラマ・アニメから考えるブログ⑬】

 

  • 「ある男」の映画概要とあらすじについて
  • 戸籍にまつわる「入れ替わり」の小説、「砂の器」、「火車」をみてみよう
  • 戸籍の社会的機能について考えてみよう
  • 名前が自分のアイデンティティであること

それぞれ一つずつみていきたいと思います。

 

 

「ある男」の映画概要とあらすじについて

 

映画「ある男」は作家の平野啓一郎氏の長編小説を映画監督、石川慶監督が実写映像化した作品です。原作は2018年に刊行されています。映画は2022年に公開され、その年の第46回日本アカデミー賞は、作品賞など最多12部門13名で優秀賞を受賞しました。妻夫木聡さん、窪田正孝さん、安藤サクラさん、清野菜名さんなど個性的で実力のある俳優陣が素晴らしい演技を見せてくれましたが、全員が優秀賞を受賞しています。石川慶監督も監督賞を受賞し、2022年を代表する作品です。

しかし平野啓一郎氏の小説の全部を詳細に描くのではなく、石川慶監督が映画として自分の「ある男」を切り取った印象があります。

映画のあらすじは、次男を病気で亡くし、離婚し幼い長男を連れて実家の宮崎県の文房具店に帰った里枝(安藤サクラ)が、谷口大祐(窪田正孝)と出会い再婚しますが、不慮の事故で夫が亡くなり、死後、谷口大祐と名乗っていた夫が全くの別人であることがわかります。以前調停離婚でお世話になった弁護士、城戸章良(妻夫木聡)に夫の身元調査を依頼し、谷口大祐と名乗っていたXを探す仕事を引き受けます。弁護士城戸が、谷口大祐が戸籍交換で以前の戸籍を上書きしていた過去にたどり着き、それは父親が殺人犯の死刑囚であるという過酷な生い立ちに起因するものでした。自分が殺人犯の父親を持つという出自を消すことができず、二度目の戸籍売買で谷口大祐という名前を手に入れたのです。谷口大祐だと思っていた夫が別人であり、里枝と前夫の息子である悠人も事実に戸惑いますが、自分たちが実際過ごした夫、父親である谷口大祐との時間や思い出こそが自分たちの事実であると結論付けます。また弁護士の城戸はXを追ううちに、自分の出自や自分自身をXに投影するようになります。ラストシーンが想定外で意味深です。この演出は観る人にさまざまな想像をさせ秀逸です。

戸籍売買で大阪刑務所に入っている小見浦役の柄本明さんと弁護士城戸役の妻夫木聡さんの対決シーンが圧巻です。

 

 

戸籍にまつわる「入れ替わり」の小説や映画を時系列でみてみよう

 

古くから戦火や天災で戸籍が消失し、その空白に全くの他人がなりすますという小説やドラマなどは多数あります。その中でも代表的なものは松本清張氏の「砂の器」と宮部みゆき氏の「火車」でしょう。

■砂の器

松本清張氏が1961年に発表した作品砂の器は、松本清張氏の代表作の一つと言われています。蒲田駅駐車場で殺人事件が起こり、今西刑事が「カメダ」という被害者の言葉を手掛かりに島根県出雲地方にたどり着き、そこから事実に近づいていく話です。

犯人の残酷で過酷な幼少期を知ることとなり、その出自を変えるため、戦火での戸籍の消失を利用して新たな戸籍を作り、その過去を知られることを恐れて殺人を犯すという悲しい話です。テレビドラマでも何度もリメイクされている名作です。

また、松本清張氏の砂の器から約30年後に描かれた1992年に出版された宮部みゆき氏の火車も他者の戸籍を使いなりすましていたことが発覚し姿を消す若い女性の話で、時代性もあり名作です。

■火車

社会問題としての消費者金融のありかたをテーマとしており、サラリーマン金融やカード破産などの借財と多重債務をめぐる取り立てに翻弄される女の生き様を、彼女のことを追い求める刑事の視点から描かれています(出所Wikipedia

取り立てから身を守るために、他人になりすまそうとし、その経緯を刑事が追っていく展開になっています。

奇しくもこの火車から30年後に描かれたのが平野啓一郎氏のある男です。

 

 

戸籍の社会的機能について考えてみよう

 

以前の令和6年3月に行われる改正戸籍の記事にも書きましたが、戸籍というのは日本人が出生してから死亡するまでの身分関係(出生、結婚、死亡、親族関係など)について、登録証明するためのものであり、原則として1組の夫婦およびその夫婦と同じ氏の未婚の子を単位として作られています。(出所:山県市HP

子供が生まれたら、14日以内に出生届を出す必要があります。そして子供には自分が認識する以前に既に出生した時点で、両親の戸籍に誕生を記載され、それが今後の人生の始まりの戸籍となります。

現状では、婚姻時、家を買う時、相続時など人生の節目節目で必要となり、その個人の実体の証明となる公的書類です。

昨今「親ガチャ」という言葉をよく耳にするようになりました。この言葉は2021年新語・流行語大賞のトップ10に選出され、今では日常的に使われています。生まれもった容姿や能力、家庭環境によって人生が大きく左右されるという認識に立ち、「生まれてくる子供は親を選べない」ことを、スマホゲームの「ガチャ」 に例えている言葉です。(出所:Wikipedia

結果的に出自が自分の人生にひどく不利な影響を与えるケースもあります。このような不利益を被っている方々にとっては戸籍の存在が非常に重たいものであると推察されます。

 

 

名前が自分のアイデンティティであること

 

里枝と前夫の子である悠斗は、父親(谷口大祐)が亡くなった後、母親である里枝に「僕、また名前が変わるの?」と尋ねます。悠斗は生まれた時は父親の姓を名乗り、両親離婚後は母親の旧姓に、そして再婚後は谷口悠斗と名乗り、父親の戸籍が他人のものだとわかり、また母親の旧姓に戻るのかと。「僕は一体誰になればいいの。」と母親に自分自身に呟きます。

悠斗は劇中では13歳で、ちょうどアイデンティティを意識する年齢となります。「名は体を表す」という慣用句がありますが、意味は「実体(そのものの本当の姿・ありのままの姿)が名前に表れている」という意味の慣用句です。

多感な時期に家族の形態の変化により4回名前が変わることは、悠斗のアイデンティティに大きなインパクトを与えると考えられます。

映画の中で悠斗は父親(谷口大祐)が自分にとても優しく、可愛がってもらい、父親が自分の事を好きだったこと、自分も父親が好きだったという事実を父親の歩んできた人生より、優先します。

しかし離別や死別、再婚などで姓が変わらざるを得ない状況があります。自分のアイデンティティをどう保つかが問われる映画でもあると思いました。

 

■アイデンティティとは

アイデンティティは、個人が自分自身を識別し、他者との区別を成すために持つ一連の特徴や属性、価値観、経験などから成り立つものです。アイデンティティは個人が所属する社会やグループ、文化などの要素によって形成され、異なる側面から構築されます。個人のアイデンティティは多岐にわたり、性別、文化的背景、職業、趣味などが含まれます。

 

本映画は谷口大祐という人物を通して、弁護士城戸、里枝、悠斗がそれぞれ自分のアイデンティティや愛を探す旅でもあったような印象を受けました。

 

関連記事

ページ上部へ戻る